学校に行っても良いかなと思うようになった、もう一つのきっかけ。
それは、変な大人との出会いでした。
その名も『パチプロ師匠』。
詳しくは、前回の記事に載せていますので、ぜひご参照ください。
パチプロ師匠以外にも、パチンコ台叩いてるおばちゃんや、台にやたら話しかけているおっちゃん。
ただ、みんな気さくに話しかけてくれて、
『わしゃ、中卒じゃけ、わしみたいになるなよ』とか、
『元気と楽しみさえありゃあ何とかなるよね』など。
まあ、かたっ苦しい学校や家の生活と比べて、なんと、気楽と言うか、救われるというか。
こんな感じでも、良いんだなと思い、本当に肩の荷が降りました。
いや、しかし色んな大人がいるんですよね。もちろん中には悪い人もいるんでしょうけど。
ただ、私は、この色んな大人に救われました。
きっと、親が悪いわけでも、先生が悪いわけでもありません。世の中は、思っているよりも途方もなく広く、
もしかしたら、その思ってもみないようなところに、不登校の子達の居場所はあるのかもしれません。
私の場合は、確実に”社会”にヒントがありました。
親や先生の経験則なんて、おそらく社会の膨大な流れからしたら、微々たるものなんですよ。
その範疇や価値基準だけで、子供をコントロールしようとし過ぎている、
しないといけないと思い過ぎている気がします。
私が好きだった大人たちの共通点。
〇自分も成長を心がけている。
〇自分のその成長のプレセスの話をしてくれる。教えるとか強要をしない。
〇心配をしていない。大変な事でも楽しそうに話す。
〇自分の過去の話、今の悩み、想いの話をしてくれる。
〇オモテの顔もウラの顔もあまり隔たりが無い。
〇世間一般では、変だと思われるかもしれない感じの人。
〇自分の軸がある。
いやいや、パチプロ師匠もそうでしたよ(笑)。
パチンコだけでメシ食ってたわけですから。相当な努力家ですよ。きっと(笑)。
で、これがなんで学校に行く理由になるの?
と思うかもしれませんが、そんなもんなんです。子供って。
私がこの大人たちと触れたことによって思ったのが、
『世の中捨てたもんじゃないかもしれない』という想いでした。
この経験から、今思う事は、
不登校になった時に、無理に頑張らなくても良いのではないか?という事です。
まずは、楽にさせてあげる環境(パチンコ屋さんはどうかと思いますがw)
を、用意してあげるのが良いかもしれません。
モチベーションや、目標の前に。まずは”生きる元気”。
これは、大人にも言えることかもしれませんね。