父親は本当に嫌いであった。
母親を泣かすし、とにかくネガティブな発言が多い。自分を見返すことはなく、常に相手の悪態をつくような人だった。
父親は、愛媛の出身で6人兄弟、全員男の末っ子だった。
ちょうど、戦後の年に生まれ、食べていくのがやっとの時代。子供たちは皆、労働力だった。
父は、末っ子という事もあり、常に家族の理不尽の捌け口となった。
親にはぶたれたり食事を抜かれたり。兄弟には吊るされたり、暴行されたりと、
現代では考えられないような仕打ちを受けたそうだ。
その影響であろうか、大変に自己重要感の低い子に育ってしまったようだ。
しかし、その父親を唯一、評価した人間がいる。それが母親のお父さん(私の祖父)である。
結婚の際に、えらく気に入られたそうだ。
ちなみに、母親のお父さんは、私を幼少期に育ててくれた人だ。
聴いた話だが、祖父の父は早くに亡くなったため、自分の兄弟3人全員の家族を養うために死ぬ気で大企業に入り、全員を養ってきたそうだ。
そのためか立派なお家で、庭に池がありカメが泳いでいたのを覚えている。
その点、私の父の実家は、いわゆる普通の当時であれば貧しい農家である。
えらく、凄い人物に見えたに違いない。その人から、お前は見込みがある!と言われたものだから、それこそ心の支えであったと思う。
現に、父は大変に素直な人間でもあった。その点が買われたのであろう。また、純粋さが故に、人と上手く交われなかった。
人生で初めて認めてもらった父。きっと、誰か信じてくれる人、認めてくれる人が一人でもいる事は、
何を持っている、優れている、よりも大きいのだと思う。私の記憶では5歳までは非常に優しい父親であった。
しかし、その5歳の時に、祖父が他界するのである。
父親は号泣していた。嗚咽に近い。いつの時代も、男の子はこういうものかもしれない。
尊敬する人、信じてくれる人、そのために尽くす。これは、対象は男には限らない。女性にも、言えることだ。
つまり奥さんに、これを求めるのだ。実は。しかし、逆を求められる。これが男のジレンマである。
そこからだろうか。父親が変わってしまったのは。
いや、元に戻ってしまったと言うべきか。
冷たい、陰湿、他責、愚痴、などマイナスなものを集めたような人間になってしまった。
例えば、周りに幸せそうな人がいると、家が燃えてしまえばいい、そんなことを平気で言う人であった。
宗教的なものにハマったこともあるし、ギャンブルは当たり前、最後はアル中になった。
ただ、家の修理は、ほぼ自分で出来る。図面を書いて、壁でも家具でもなんでも治す。車も治す。自動ドアみたいな装置も作っていた。おそらく頭と能力は非常に高かったと思う。
私はその父を、ずっと幼少期から見ていた。
不登校の子は、分析や感覚に長けている気がする。なぜ、このように他から比べても能力が高い人間が、落ちていくのか。
小さいながら、”精神”というものが大きく関与するのだろうなとは、父を見て思っていた。
そんな父も、趣味では違った顔を見せた。釣りが好きで、朝まで釣りをして寝ずに仕事をするほどであった。
私も、この時の父は好きであった。
「行くか?」と言われると「行く!」と言い、妹と一緒に夜通し付いて行っていた。車でも良く話したと思う。
父は、コミュニケーションがとにかく苦手な人間であった。しかし、趣味であれば話せたのであろう。
わたし達と通じ合うのも、本当は楽しかったのかもしれない。
釣りに幾度と行く内に、パチンコにも一緒に行くようになった。まあこれは高校生にはどうかと思う点ではあるが(笑)。
父は短気な性格で、とにかく当たりが出るまでやめられない気質。まさにお店からするとカモさんである。
2~3万円突っ込んで、無くなるまでやるのである。
アホやな~と思って打つのが、私だ。負けても5,000円まで、と決めている。それ以上は打たない。
勝負事は、勝てる算段があるからやるのであって、根拠がないものをやるのはアホである。というか、パチンコ屋さんからすると、そういう商売である。
毎回、打っては1~2万円勝つ私を見て、父は驚いていた。いやまあ、修行してるので。そりゃそうなのである。
そこから、代打ちを頼まれるようになる。父は仕事の休憩時間にも打っていたので、その後の続きを打ってくれ、という事である。不登校には最高の仕事だ。
何より、「祐一に任せたら勝てるけえのう」。
この言葉が嬉しかった。他の点で、父に褒められたことは無かった、まさかのパチンコで褒められるという。人生、何がプラスになるか分からない。
きっちり、プラスにしてやった。
そんな日々が過ぎ、少し父と仲良くなったある日、
車で珍しく送ってもらって高校に行っていた途中であった。※不登校は親の車で高校に行きます(汗)。
いきなり衝撃的な告白を受けた。本当に、いきなりである。
『お前の母ちゃんのう、隠し子が、おるんよ』
何をいきなり高校生に、凄まじいことを言っとるのかね?そんな、急な一言であった。
しかし、その後の数分で、色んな理解が出来た。
父親がずっと人に言えない苦しさを隠していたこと。
母親は自分が被害者を演じていたが、自分にも非があることは言わず、父を悪者にして、子供に依存していたこと。
大人も完ぺきではなく、事情があるんだな、ということ。
衝撃的な事実であったが、私を随分と大人にしてくれた告白である。
学校で国語算数を習う事よりも、私が学んできたことは、こういう人生だ。
人、というもの。
人生、というもの。
世の中、というもの。
たぶん、わたしもコッチの世界に興味があったのだと思います。
すばらしい、高校生活を送ることが出来ました。
これ、高校1年生の出来事です。この事実を知り、私の行動と考え方は大きく変わっていきます。
続きは、
また次回に。