一日の流れ1_スクールに到着 _相模原市・厚木のフリースクール_家庭塾のミライ

MAX不登校~高校生編②~

父親は本当に嫌いであった。

母親を泣かすし、とにかくネガティブな発言が多い。自分を見返すことはなく、常に相手の悪態をつくような人だった。

 

父親は、愛媛の出身で6人兄弟、全員男の末っ子だった。

ちょうど、戦後の年に生まれ、食べていくのがやっとの時代。子供たちは皆、労働力だった。

 

父は、末っ子という事もあり、常に家族の理不尽の捌け口となった。

親にはぶたれたり食事を抜かれたり。兄弟には吊るされたり、暴行されたりと、

現代では考えられないような仕打ちを受けたそうだ。

 

その影響であろうか、大変に自己重要感の低い子に育ってしまったようだ。

しかし、その父親を唯一、評価した人間がいる。それが母親のお父さん(私の祖父)である。

結婚の際に、えらく気に入られたそうだ。

 

ちなみに、母親のお父さんは、私を幼少期に育ててくれた人だ。

聴いた話だが、祖父の父は早くに亡くなったため、自分の兄弟3人全員の家族を養うために死ぬ気で大企業に入り、全員を養ってきたそうだ。

そのためか立派なお家で、庭に池がありカメが泳いでいたのを覚えている。

 

その点、私の父の実家は、いわゆる普通の当時であれば貧しい農家である。

えらく、凄い人物に見えたに違いない。その人から、お前は見込みがある!と言われたものだから、それこそ心の支えであったと思う。

現に、父は大変に素直な人間でもあった。その点が買われたのであろう。また、純粋さが故に、人と上手く交われなかった。

 

人生で初めて認めてもらった父。きっと、誰か信じてくれる人、認めてくれる人が一人でもいる事は、

何を持っている、優れている、よりも大きいのだと思う。私の記憶では5歳までは非常に優しい父親であった。

しかし、その5歳の時に、祖父が他界するのである。

 

父親は号泣していた。嗚咽に近い。いつの時代も、男の子はこういうものかもしれない。

尊敬する人、信じてくれる人、そのために尽くす。これは、対象は男には限らない。女性にも、言えることだ。

つまり奥さんに、これを求めるのだ。実は。しかし、逆を求められる。これが男のジレンマである。

 

そこからだろうか。父親が変わってしまったのは。

いや、元に戻ってしまったと言うべきか。

冷たい、陰湿、他責、愚痴、などマイナスなものを集めたような人間になってしまった。

 

例えば、周りに幸せそうな人がいると、家が燃えてしまえばいい、そんなことを平気で言う人であった。

宗教的なものにハマったこともあるし、ギャンブルは当たり前、最後はアル中になった。

ただ、家の修理は、ほぼ自分で出来る。図面を書いて、壁でも家具でもなんでも治す。車も治す。自動ドアみたいな装置も作っていた。おそらく頭と能力は非常に高かったと思う。

 

私はその父を、ずっと幼少期から見ていた。

不登校の子は、分析や感覚に長けている気がする。なぜ、このように他から比べても能力が高い人間が、落ちていくのか。

小さいながら、”精神”というものが大きく関与するのだろうなとは、父を見て思っていた。

 

そんな父も、趣味では違った顔を見せた。釣りが好きで、朝まで釣りをして寝ずに仕事をするほどであった。

私も、この時の父は好きであった。

「行くか?」と言われると「行く!」と言い、妹と一緒に夜通し付いて行っていた。車でも良く話したと思う。

 

父は、コミュニケーションがとにかく苦手な人間であった。しかし、趣味であれば話せたのであろう。

わたし達と通じ合うのも、本当は楽しかったのかもしれない。

釣りに幾度と行く内に、パチンコにも一緒に行くようになった。まあこれは高校生にはどうかと思う点ではあるが(笑)。

 

父は短気な性格で、とにかく当たりが出るまでやめられない気質。まさにお店からするとカモさんである。

2~3万円突っ込んで、無くなるまでやるのである。

アホやな~と思って打つのが、私だ。負けても5,000円まで、と決めている。それ以上は打たない。

 

勝負事は、勝てる算段があるからやるのであって、根拠がないものをやるのはアホである。というか、パチンコ屋さんからすると、そういう商売である。

毎回、打っては1~2万円勝つ私を見て、父は驚いていた。いやまあ、修行してるので。そりゃそうなのである。

そこから、代打ちを頼まれるようになる。父は仕事の休憩時間にも打っていたので、その後の続きを打ってくれ、という事である。不登校には最高の仕事だ。

 

何より、「祐一に任せたら勝てるけえのう」。

この言葉が嬉しかった。他の点で、父に褒められたことは無かった、まさかのパチンコで褒められるという。人生、何がプラスになるか分からない。

きっちり、プラスにしてやった。

 

そんな日々が過ぎ、少し父と仲良くなったある日、

車で珍しく送ってもらって高校に行っていた途中であった。※不登校は親の車で高校に行きます(汗)。

いきなり衝撃的な告白を受けた。本当に、いきなりである。

 

『お前の母ちゃんのう、隠し子が、おるんよ』

 

何をいきなり高校生に、凄まじいことを言っとるのかね?そんな、急な一言であった。

しかし、その後の数分で、色んな理解が出来た。

 

父親がずっと人に言えない苦しさを隠していたこと。

母親は自分が被害者を演じていたが、自分にも非があることは言わず、父を悪者にして、子供に依存していたこと。

大人も完ぺきではなく、事情があるんだな、ということ。

 

衝撃的な事実であったが、私を随分と大人にしてくれた告白である。

学校で国語算数を習う事よりも、私が学んできたことは、こういう人生だ。

 

人、というもの。

人生、というもの。

世の中、というもの。

 

たぶん、わたしもコッチの世界に興味があったのだと思います。

すばらしい、高校生活を送ることが出来ました。

これ、高校1年生の出来事です。この事実を知り、私の行動と考え方は大きく変わっていきます。

 

続きは、

また次回に。

 

 

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